
もうすぐ2学期始まります・・・
今年の夏休みも、そこそこ本を読みました。
そんな中で読んでいてよかったなーと思った1冊が「9月1日の君へ」
という本です。
内容的には、「若者に自死を選んでほしくない。」という作者の代真理子さんの思いとそれに共感
する人たちの対談とコラム集。
9月1日って要は2学期の始まりです。
最近では自治体ごとに2学期の始まりが違うことがあり、8月の終わりに2学期が始まることもあれば
そもそも2学期制を敷いている学校もあるので、9月1日が2学期を指すわけではないですが。
それにしても9月1日の若者の自死は多いそうです。
そりゃそうですよね。
だって学校行きたくないもん。
たまねぎも学校に行きたくない時期が・・・
たまねぎも小学5年生の頃、いじめにあって本当に学校に行きたくない時期がありました。
それこそ、なんで自分は生まれてきたのか。窓から飛び降りたら楽になれるのか。
自分が死んで、いじめていたあいつらがどんなにひどいことをしていたか自覚させてやりたい。
なんて思ったこともありました。
今は、大人になって。
かわいい奥さんがいて。
子供達も3人もいて。
とても幸せなので、生きていてよかったと思っています。
だから、生きるって本当に大事。
自分が先生になってみて・・・
たまねぎは、クラスで浮いてしまう子がすごく気になります。
誰にとっても居心地のいいクラスをつくりたいと心から思います。
100点じゃなくていいです。
ただし、クラスに30人いたら30人全員が80点以上の点数をつけられるようなクラス。
誰も悲しくないってすごく大事。
「まぁ~、すごく楽しいわけじゃないけど、そこそこ楽しいし。家の方が居心地いいけど、ちょっと飽
きてきたから学校に行ってもいいかな。」
って30人全員に思ってほしい。
そんな気持ちで9月1日を迎えてほしい。
元気に
「おはよー。」
って言ってくれなくて全然いい。
眠い目をこすって、だるそうにしながら、空気を読まない先生の「おはよー。」
って苦笑いしたり、教室の机に突っ伏してやる気ゼロオーラMAXでいいから、
そんな感じで9月1日に学校に来てくれたらいい。
先生になったばかりの時は必死すぎて、なかなかそんな感じにできなかったけど、
今ならようやくそれができる。
学校は世界のすべてではない。
でも、それでも学校に来たくなかったら、来なくてもいい。
学校が世界のすべてではないから。
よい友達がいないことなんて当たり前。
意地の悪い友達ばかりのことだってあるし。
担任と合わないこともある。
担任を親以外の大人の代表と思わない方がいい。
残念な担任だっていっぱいいる。
でも知らないだけで味方をしてくれる素敵な大人だっていっぱいいる。
それなのに、学校に行かないと悪いことをしていると思ってしまう。
根治よりも応急措置ばっか
なぜ学校に行きたくないか。
にスポットを当ててくれなくて
どうしたら学校に来れるのか。
にスポットを当てて話を進めていることがおかしい。
とたまねぎは常々思っています。
でも、そういう親や先生はけっこう多いのだと知りました。
たまに、たまねぎは管理職に怒られます。
「学校に行かなくていいわけはないよね。不登校は今問題になっていて減らなきゃいけないわけだし。」
ってな具合です。
学校に行かなくていいわけない?別にそんなことないでしょ。
不登校を減らさないといけない?違うよね。
不登校を抱えている子供達の悩みに向き合ったり寄り添ったりしなきゃいけないんでしょ。
数が多いのが問題なのではなくて、きちんとその子のことを考えていないことが問題。
このやりとりをしていていつも思うこと。
心の怪我に対して、正しい処方をしないで、絆創膏貼って応急処置しただけじゃよくならないよ。
「絆創膏貼ったから学校に行きなよ。」
そんなのないでしょ。
いやいや。ちゃんと見てよ怪我の様子。
なんで怪我をしたか聞いて。
いつから怪我をしていたか聞いて。
もっとちゃんと治療しないと悪くなっちゃうよ・・・。
時間と長さを傷の深さは比例する
長い時間をかけてできた傷は、同じくらいの時間をかけないとよくならないと思う。
それなのに、短い時間で。
短絡的な答えでどうにかしようとする。
もし1~2年。悩んでいて学校に行けなくなってしまったのなら、学校に行けるようになるまで最低
1~2年はかかると思わないといけない。もしかしたらその倍くらいの時間はかかるかもしれない。
そういう見方や考え方を大人はしないといけないと思う。
もちろんたまねぎも。
たまねぎは、小学校4年生の時に担任と合わず、5~6年生でいじめに合い、中学校ではいじめられな
いように努力して何とかいじり程度で済んだけど中学校3年間でも学校に行きたくないと思う日は多々
ありました。
その負の思い出は大人になった今もずっと、ずーっと残っています。
子供の頃の経験ってすごく大事です。
たまねぎが辛かった時、特に相談に乗ってくれる人やあるいは相談したいと思える人が身近にいません
でした。だから、絆創膏を貼ったまま大人になったので、子どもの頃の傷は、治ったかもしれないけ
ど、その痕はずっと残ったままです。
この人には話してもいいかなって思える大人に・・・
たまねぎも20代の時は熱血教師でしたが、今ではそんなスタンスはすっかりやめました。
今は、ゆる~く。
ちょい子供にバカにされながら、バカなことをしながら笑って過ごしています。
そりゃ時折、怒ります。
でも、言葉をよく選びます。
怒鳴りません。
でも、本気で訴えます。
大きな声も出しません。
それでも伝わります。
ゆるい方が、いろんな子が話をしてくれます。
クラスに安心感が広がります。
たまねぎが今やっていることが正しいかはわからないけど、
少なくともたまねぎがもつクラスの子たちは
「9月1日。学校だるいけど、まぁ~行ってもいいか。」
とか
「まぁ、たまねぎだったら話(相談)をしてもいいかな。」
って思ってくれていたらと思います。

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